2020年11月4日

朝。明るい声に元気をもらいました

 

人生は選択


好きな言葉というより、

真理だと思っています。

 

全ての選択は自分がしている。

 

今の会社を選んだのは自分。
誰がなんと言おうと、
自分で申し込み、自分の足で通ってる。

強制的に受けたわけでも、
強制的に通わされてるわけでもない。

 

受験も物の購入も人間関係もそう。
仕事に必要だと判断して人間関係を作っているのは自分。
自分の人生にそこまでの人間関係はいらないと付き合わないのも自分。

 

 

時間とは出来事の連続だと教わりました。
今この瞬間、何をするかの選択の連続なのだと。


朝、起きるか起きないか。
ご飯を食べるか食べないか。
今、何をするか選択した出来事の連続が時間。

 

全ては自分で選んでいる。
そうきちんと認識すると
自分の人生は自分で生きている
と、思える。
この解放感を知る人は、実は少ない。

 

 

自分の選択の結果だと思うと、
人を責めることは、まずまずなくなる。
誰になんと言われようと
選んで行動した結果は自分にある。

 

結果の原因は自分にあると思うと、
失敗したなーと思っても、
次回、同じことが起きないようにしようとか
コレ、悪い癖だな
と、自分に気づくことも多くなる。

いちいち落ち込むことの効率の悪さも気付いているから、深く落ち込むこともない。落ち込まないこととは違う。
心の片隅で気にしつつ、過去のこと、と切り替える。
コレができるようになってたから、今の職場で働けている。
過去の私には耐えられない職場だっただろう。

いつまでも悔やんでいても、状況は変わらない。
では、どうしたらいいか?


できることがあるなら、やる。
出来ることがないなら、切り替える。
ごくごく当たり前だが、落ち込む自分に酔ってた私には、気づけないことだった。

 

 

人生は自分の選択の結果。
結果を変えたいなら、自らの選択を変えること。

どんな結果を望むのか、そこから選択すること。

 

 

 

11/4

何年ぶりか、

両親の誕生日でもないのに、実家にいた。

 

この日は、もしかしたら、そのまま入院になるかも、と伝えられていた。

結局、父はそれを先延ばしにした。

入院時の嫌さより、身体の辛さを我慢する方がマシらしい。

1ヶ月以内に大変なことになると伝えられても、頑固者だから、入院を突っぱねて先送りしたらしい。

 

容態は日に日に悪くなっているようだ。

意のままに生きる父の余命は多くない。

誕生日は下旬だが、連休に合わせて実家に泊まることにした。

泊まりは、いつ以来だろう?

 

病院に付き添えるのは一人なので、

私は1時間強、フラフラした。

地図にあった展望台の文字に、ちょうど良いと向かう。

 

稲荷山公園

学生時代に中や外回りを走っていた場所
なんだかめっちゃ管理されてて綺麗だった!

天気も良く、展望台は初めて行った。
秩父山脈かな?良く見えた☆

公園内を学生さんが走ってた。
体育の授業かな?後輩かも?

 

隣の自衛隊から1時間で
6本もプライベートジェトが飛んでました。
大統領選後対応の主要人たちでしょうね

今、裏道にいたら、
めっちゃ迫力を何回も楽しめたなぁ
(飛び立つところの真下の道)

 

一通り回って、車に戻った。

翌日まで、私はアッシー。

ステージ4の父は、今はまだ動ける。

いつもは実家に戻ってもあまり居間にいなかったが、可能な限り、父のいる場に一緒にいた。

 

病院で疲れた父を家に置いて、母の愚痴聞きにドライブもした。本当にちょっとしたドライブだったので、普段は行かないアウトレットでスイーツタイムもした。

頑固な父は色々な合併から治療できずにいた。

今回も、入院したら身体も楽になるだろうに拒んでいる。

父のマイナス思考とマッサージなどの献身さが報われないと、一通り愚痴を吐き出させた。

 

天気は快晴

これは、嵐の前の静けさ

 

家族想いと人は言う。

20代で大惨事が起きたので、出来る限り後悔のない選択を取るよう行動している。

だから、家族愛とは違う。

私は普通の人みたいに、家族がいいとか、実家に行きたいとは微塵も想わない。

大惨事が起きたときのような後悔をしたくない。

それだけ。

それが、私の選択。

誰が何と言おうと、私は私の望む、私の心の平穏のために今を生きている。

そこに、人が思う程の愛はない。

親という認識のもと、22年も実家で養ってもらったという自負のもと、22年は目をかける必要があると想ってる。

居候させてもらった御恩は、ある程度返さなければ、後味が悪い。

それだけ。

 

そして、せっかくなら、私もある程度、地元時間を楽しむ。親に負荷は感じさせない時間。

穏やかな時間を一緒に過ごす。

一緒の時間なんてそんなになかったから、

それだけでいい。

 

 

そして最後に、、最終面接落ちた。

届いたメールを見てから、おやすみと言って居間を出た。

自分でも何にも準備なく、ひどい面接だったと思う。。

振り出しに戻る。

準備をしないという選択をしたのは自分。

これも、当然の結果。

転職先、今回は慎重に。ラストにしたいから。

選択を迷いすぎてもいけない。

でも、今は父の容態と、長く続ける職場選びと、慎重にいく。

それも選択

 

 

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